睫毛

 告げた瞬間、困ったように伏せられた。
 何と答えようかと迷って、黙りこくってそれでも何度か口を開閉して見せた。
 いいんだ、分かってる。
 お前はとても優しいから、どうすれば俺を傷つけずに済むかを考えてるんだろう?

「…ゴメン、困らせたいわけじゃないから」

 伝えたかったなんて迷惑だろうけど、これ以上お前の側に居るつもりなんてない。だから、そんな顔しないでくれよ。

「…居なくなるって、どういう事?」

 俺の意思とは関係ないみたいに喋る口に反応したお前は、その綺麗な眼に影を作っていた睫毛を上げた。
 見えたのは、ひどく強い光、黒い睫毛とくっきりとコントラストを描いていた。


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添い寝

 隣りに人が寝ているなんて何年ぶりだろう。
 荒み切った生活のせいで、人の気配のするところでは眠れなくなって久しい俺が。
 こんな、ガキの寝顔を拝む日が来るなんて。
 明日天変地異が起こったって、俺は驚けそうにない。
 一人では寝られないと言ったこいつが、寝付いてもう一時間近くが経とうとしている。
 俺だって、寝たいんだぞ?
 なのに、俺が身動ぎする度にお前は俺の服を握り締めるから。
 俺は溜め息をついて、寝不足必至の添い寝を続ける覚悟を決めた。

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着物

「やっぱおかしくねー?」

 金に染められた頭には、確かに不釣り合いな。
 でもまあ、普段から突拍子もない格好をしているお前なんだから、今更髪の色と洋服の間の齟齬なんて、気にする必要もないんじゃなかろうか。
 あ、洋服じゃなかった。

「いーンじゃない?
 俺は嫌いじゃねーよ」

 大体、俺だってドレッドヘアなんだから、服装とのミスマッチはお前と五十歩百歩だ。

「んなことねーって」

 つか、思ってたより格好良いって、詐欺じゃねぇ?
 釈然としないと訴える膨れた頬は、今日って儀式を越えたって変わらないらしい。
 紋付き袴、なんていつもはまず見ないイカれた格好、案外嵌まってるのは民族性のせいだろうか。
 レンタルの着物じゃ、取りあえず一発、なんて訳に行かないのが残念だ。


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 こいつがリップなんてモンを進んでつけるとは思えなかった。それも、グロスタイプのツヤツヤした奴を。

「あっ、ひょっひょたすへて〜」

 …多分、ちょっと助けて、だと思う。

「どした、それ」

 一見プルプルしているように見えるが、実際にはベタベタとくっつくような感触である事を俺は知っている。
 なぜなら。

「せんひゅうのおはえっひぇ、ひょんなひふん?」

『先週のお前って、こんな気分?』

 その通りだ。
 こいつと同じく、俺もプルプル唇にされたのだ、荒れてひび割れているという理由から。
 翌日からは、蜂蜜入りのスティックリップを携帯することにした。その方が、玩具にされるより数段マシだ。
 鷹揚に頷いた俺に、ウヘェとでも言い兼ねない表情をして。

「あ、おれら、ひゃんひぇひゅひす?」

 馬鹿言ってんなと、その頭を一つ叩いた。
 プルプル唇の、間接キス。


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 娼婦のようだと言われている事くらい、承知していた。
 数知れない不特定の男達の間を行き来する、売女だと。
 それがどうしたというんだ。
 俺がそのことで、誰に迷惑をかけただろう。男達でさえ、分かっていて相応に俺を扱うのだから。

『折角美人なんだから、一人に絞れば?』

 そう、言われた事もある。

『俺もそう思うよ』

 答えた俺に、彼は不思議なものを見るような目を向けた。
 でも。
 自制は利かないんだ、まるで、香しい花の薫りに誘われる蝶のように。


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