たわいない嘘

 俺の真剣さは間違いなく先生に伝わったはずなんだ。だって、初めに告白した時に、見事なまでに固まってくれてたから。
 それは拒絶の為だったのか、それとも予想外の言葉に脳がフリーズした為か。
 俺は後者に賭けてその場を去った。
 けれど、結果はどうだ。先生は俺の度重なる告白を軽くいなし、全く取り合ってくれない。
 今だって採点を続けながら、片手間に俺の話を聞いている。
 不幸中の幸いか先生は俺の事を嫌ってはいない。『好きだ』と口にする度に先生の目に浮かぶのは軽い動揺と憐憫。
 軽口を返しながら、俺が決定的に傷ついてはいないかと窺っている。それは教師としての責任というよりも一個人としての好意のように思えた。
 いや、それは俺のそうであって欲しいという願望でしかないのだろうか。

「センセってさ、俺のコト、嫌い?」
「嫌いだったらわざわざ勉強なんてみてやるか。
 俺はしがない臨採教師だからな。実際のところ、お前らが何処に行こうが構わないんだ」

 クラス担任というわけでもない、ただの授業担当だ。
 先生は俺と先生の関係をそう簡潔に表してみせた。確かにその通りだ。俺は、ただの生徒に過ぎない。ほんの僅か、他の奴らより先生と親しく話しているだけ。
 それも大した内容ではない。殆ど一方的に俺が喋っているんだ。先生は、無口な方だ。

「じゃあ、好き?」
「…そういうこと、言わなかったらな」

 ついに先生は、何度かは飲み込んでいたらしい溜め息を溢した。
 それは俺との会話に疲れたということだろうか。
 不毛な問いかけばかり繰り返す俺に、呆れてしまったと。

「…っ、ゴメ…っ。
 ゴメン、嫌いになんないで。もうしつこく言わないから」
「…嫌いになんかなんねーって。
 ほら、馬鹿言ってないでここ解いてみろ」

 先生が指さしたのは数3の応用問題。こんなの普通じゃ解けるわけない。
 恨めしく先生を睨んでやれば、苦笑がそれを受けた。
 眼鏡と顎鬚のせいで年齢不詳になってる先生の容貌。実際には年相応に若い、知的な顔をしている。
 一見取っ付き難く見えるせいで少し教師陣の中で浮き気味だった先生の素顔を引き摺り出したのは俺。だからか、誰よりも素直な表情を見せてくれていた。
 …俺が、告白する前までは。

「…ねぇ、俺、迷惑?」
「……ンなこと、ねぇよ」

 ついに先生はペンを置いた。俺を扱いかねていると言うように眉尻をやや下げて口を引き結んで。硬質な顔。そんな顔、させたいわけじゃないのに。

「…ンな、情けない面、すんな。
 俺は、嘘なんか言ってねぇよ」
「……じゃあ、一回だけ言って。
 俺が、この問題解けたら」

 さっき先生に言われた問題。俺も先生も解けるなんて思ってない。
 だから。
 最初から無効になるって分かってる約束だから、俺に頂戴。

「これが解けたら、俺のコト、好きだって嘘言って」
「そんなの、嬉しいのか」
「………うん。
 だから、約束」

 そのとき俺は、余程同情をひく顔をしていたんだろう。
 先生はつらそうに一度目を閉じて、それからまた、溜め息をついた。

「…わかった」

 きっと貴方が口にすることのない、他愛ない嘘。


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