ささやかな仕返し

 難解な、数式との格闘。それと引き換えに得たものは酷く躊躇いがちな「好きだ」という言葉。
 朱に染まった頬と真剣な眼差しが意味していたのは、先生のくれた言葉が嘘でも冗談でもない、本気の物だということ。
 俺は半信半疑で先生を窺って、先生はそんな反応を当然だと思っているように、酷く苦しそうな表情で待っていた。

「センセ、ホントに? 俺、信じちゃうよ?」
「…信じて、欲しい。
 俺もお前が好きなんだ」

 先生が俯きがちなのは、俺に対する引け目からって、考えていいの?
 俺を哀れんで、無理矢理受け入れてくれようっていうんじゃ、ないんだね?

「凄い…!
 センセ、大好きだ!」

 感極まって、思わず大きな声で叫んでしまった。もしかしたら、部屋の外にまで聞こえたかも知れない。
 だとしても、俺ならいくらでも誤魔化せるけれど、先生は焦ったようにシィッと唇に指を当てた。
 あぁ、畜生可愛すぎるぜ!

「マジで嬉しい。
 だって、全然可能性ないと思ってたから。
 迷惑してるんだって思ってた」

 にも拘らず、毎日押しかけてた俺も俺だけど。
 先生に宣告されるまでは通うつもりだった。今日こそ『もう来るな』と言われるんじゃないかと、いつも不安だったけれど。
 でも、もうそんな事考えなくていい。
 俺の言葉に弾かれたように顔を上げた先生に、ゆったりと苦笑した。

「俺、そんな余裕っぽかった?」
「…や、じゃなくて…。
 お前、知ってると思ってたんだ。
 その、俺がお前のコト…」

 好きだって?
 そんなわけないじゃん!
 そんな素振り、見せなかったくせに。俺の事、ただの生徒だって顔で扱ってたくせに。俺が、気が付けるわけないじゃないか。

「センセ、ヒドイ。
 俺が知ってるって思ってて、ずっと言わなかったんだ?」
「違…っ。
 ……や、違わ、ないかも…。
 でも、別に驕ってとかそんなんじゃなくて…!」

 必死で言い募る様が可愛い。本当は分かっている、先生がそんな人じゃないことくらい。
 きっと、言い出せない自分を、俺が待ってくれているとか、そんな風に考えていたんだろう。
 やだな、買いかぶりすぎだよ。俺、ただの高校生なのに。
 そんな余裕なんか、あるわけがない。
 …でも、そうだな。ちょっとくらい、意地悪しようか。

「信じて欲しかったら、俺とキスして」

 お預けを食らわしてくれた先生に、ささやかな仕返し。


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