古い写真

 金子を好きだと認めてから数日後、不意に、遊びに行ってもいいかと訊かれた。
 それまではただ数学準備室に来て、今までどおり勉強をしていただけだったから、つい何も考えず許可してしまった。
 はやまったかも、と思ったのは物凄く嬉しそうな金子の顔を見てからだ。
 よくよく考えてみれば金子はヤリたい盛りの18歳で、俺とこいつは恋人って関係で。もし、金子がその気になったら、俺は?
 けれど撤回なんて可哀想なことはできなくて、なるようになるさと嘯いて自分を誤魔化した。
 それで、金子は俺の家にいる。

「へェ、一人暮らしには広い部屋だね」
「ん…、まァな」

 あちこちを見て回る金子に苦笑して、珈琲でいいかと声を掛けた。返ってきたのは、「センセが淹れてくれるんなら、何でもいい」という言葉。
 どう反応していいものやら分からず、肩を竦めるという動作で返事を誤魔化した。金子を相手にしていると、戸惑う事が多くなる。自分と金子の歳の差がそれを生むのだろうか。

「あ、テレビでっかい。
 え? これパソコンのモニター?」
「あぁ。大学の時のダチがな」

 そこまで言って、口を閉じた。その不自然さは自覚していたが、金子に言っていいのだろうかと不安になったからだ。

「…ダチが、何?」

 案の定低くなった金子の声。俺の動揺から不穏なものを感じ取ったのかもしれない。
 …本当は、そんなに大したことでもないのだけれど。

「や、別にダチがいじってくれたってだけで」
「……ふうん」

 あからさまに不機嫌な金子に、どう言えば良いのかわからなくなる。
 俺が国語の教師だったらこんな風に言葉に詰まりはしなかっただろうか。

「だから…、あのな、ダチが、結婚祝いにくれたんだよ」

 一瞬、沈黙が落ちた。

「…結婚!?」

 金子の素っ頓狂な声。
 まぁ、驚きたくなるのも分かる。そんな事、一回だって言ったことはないのだから。

「で、でも別に、お前と浮気してるとかじゃないぞ?
 …アイツは、もう…」
「え、と…、センセ?
 もしかして、この人…」

 指さしたのは出窓に飾ってある写真立て。
 日に焼けて、少し色褪せている。

「…三年前に結婚して、二年前に先立たれた。
 体弱いの分かってたから、看病すんのも苦じゃなかったし。
 嫌な思い出なんか全然ないから、全部、アイツがいた頃のままだ」

 でも、お前はいい気はしないだろ?
 目を伏せると、金子が近寄ってきた。

「…歓迎はできないけど、排除するほど許容狭い男じゃないよ?
 そのうち、俺が一番だって言わせてやるから」

 下から覗き込まれて、目を合わせられた。

「取り敢えず、宣戦布告」

 ふざけた調子で写真たてを睨みつけて、そう言った。
 穏やかに微笑む、古い写真に。


W2-TOP

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送