なにげない仕草

 夫婦と子供が暮らせる部屋。
 今座ってるソファも三人くらいで座れるものだし、部屋の数も多い。明るい光に満ちている空間は、子供が駆け回れるだろう充分なスペースが確保されている。
 それが先生の住んでる家だった。先生はこんな家に住んで、幸せな家庭を作るはずだった。一度は消えてしまったそれでも、俺とこんな関係にならなければ、きっとすぐに次の家庭を作れるだろう。
 二年。その月日は奥さんの思い出を幸せなものに昇華させた。もう新しい恋をする準備は整っていたんだ。その矢先に、現れたのが、俺。
 もしかして、俺は先生を不幸にするんじゃないかと思った。
 狼狽する先生のために、奥さんの写真に宣戦布告、なんてしてみたけれど。

「…金子?」
「なんでしょ?
 …あれ、何でそんな泣きそうな顔してんの」

 クイッと服の端を引っ張られて、先生に意識を向けて驚いた。
 一見こわもて風の、でも綺麗に整った先生の顔が頼りなく歪んでいる。
 慌てて先生を抱きしめようとして、躊躇った。
 …嫌じゃ、ないかな。

「…っ、やっぱ、俺が嫌になったか…?」
「何で…!」

 傷ついた風に俯いた先生は、今まで付き合ってきた女たちみたいに簡単に泣きはしなかったけれど、何か後悔しているのは真っ直ぐに伝わってきた。

「俺センセ好きだよ? 奥さんのコト大事にしてるセンセ、イイと思う。
 そりゃ、悔しいけど。でも俺、頑張るし。
 …センセこそ、後悔、するんじゃないかな…」

 俺にはまだ遠いような結婚の二文字が、先生にはごく普通に日常にある。多分、大人と子供の差って、こういう物事の捉え方に凄く影響するんだと思う。
 先生が、俺に好きだって言えなかったのは、こういう現実をしっかり考えていたからで。
 自分の浅はかさを、自覚する。

「…何、言ってんだ。
 後悔するなら、お前の方だろ…?
 いや、まだ引き返せるぜ? まだ、生徒と教師でとおる」
「…キス、したのに?」
「あんなの、飲み会の罰ゲームでもやるようなもんだろ。
 俺に気ぃ使う必要なんて、ないんだぜ?」

 大人って、何で平気で感情と理性を切り離せるんだろう。俺と別れたくなんかないってその眼は訴えてるのに、口にするのはその逆の事ばかりだ。
 あぁもう!
 わかったよ、考えるのは先生の役目だね? 俺はただ突っ走るから。息吐けないくらい、引っ張ってくから。

「そんなこと言うんなら、引き返せないとこまで行ってやる…!」
「…ぅわっ!?」

 10センチほどある身長差も座ってしまえば大したものじゃなくて、容易くソファに組み敷く事ができた。

「か、金子!」
「…嫌?」
「…っ、俺が、下なのかよ…?」

 途方に暮れたみたいな表情、言われて、思い当たった。
 そっか、押し倒すことばっか考えてた。

「…………ダメ?」
「…もー、好きにしろ」

 長い沈黙の間に俺が何を考えたのか、先生は明確に読み取ってくれた。それで、譲歩してくれた。本当は、先生だって挿れる方がいいに決まってるのに。
 シャツの釦を外していくと、不安そうに瞳が揺れる。
 クイッと、服の端を引かれた。でも、別に何か言いたいわけではなさそうで。
 …あぁ、なるほど。
 きっと、先生のクセなんだろう。不安になったり、怖くなったり。そうすると、引いてしまうんだろう。

「…大丈夫だよ。酷いこと、しない」

 チュッと額にキスを落として。
 なくなればいいと願った、このなにげない仕草。


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