綺麗な人−01

 金子の手によって服が肌蹴られていく。四捨五入すれば3年も前に30になっている体は、一体どんな風に映るのだろう。月に数回ジムに行くだけの体は、弛んではいないけれど締まってもいない。
 ほんの1,2ヶ月前まで部活をしていた金子に比べれば、きっと随分貧弱に見えることだろう。上背はあるくせに、筋肉のつきにくい体だから。

「…センセ、今だけ、名前で呼んでいい?」
「…え?」
「湊って、呼んでいい?」

 真摯な眼差し。ガキだと思っていたけれど、こんな時はしっかり雄の顔をしている。俺相手に、欲情してやがる。

「…いいよ」

 妻に先立たれてからこっち、俺を名前で呼ぶのなんか親父とお袋くらいのモンだったが。
 金子の声が俺の名前を綴った時、なんだか全く違うもののような気がした。
 嬉しそうに俺を呼んで、素肌を弄ってくる。金子の手に、翻弄される。

「…っ、ふ…」
「湊…、怖い? 大丈夫だから」

 何度も優しくキスをされる。不思議な感覚。
 組み敷かれて初めて、その立場の不安を知った。次は何をされるんだろう、俺は、どうなるんだろう。
 でも、こんなに受身の不安を抱けるのも、金子が全部引き受けてしまったからだ。一線を越える覚悟を、強引に持っていってしまった。色々考えていたんだろう、俺の部屋に来てから物思いに耽っていたから。

「ひろ、き…っ」

 小さな声で、名を呼んでみる。
 俺が見せた迷いに気がついて、金子は考えるのをやめた。多分、二人で考えていたら、俺たちはすぐに駄目になってしまうから。

「…ぁッ、……ンくっ」
「声、出そうよ?」

 柔らかな声が、甘えたように促した。
 男の声なんて、気持ち悪いだろう?
 目だけで窺えば、緩く頭を振って。

「いいよ、イヤなら。
 でも、俺は聴きたいから。ふふっ、頑張ってね」

 決断なんてしなくていいと行為で語って、金子はますます俺の体を攻めていった。
 俺はそれに寄り掛かって良いのだろうか。
 ずっと歳若い、彼を頼ってしまっても?

「…弘樹…っ」

 …今だけだ。
 自分に言い聞かせた。
 この、始まりの瞬間だけ、身を任せてしまおう。
 俺の大事な、綺麗な人に。


W2-TOP

SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送