BLUE-HEAVEN 1 |
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一旦手錠を外されたメグは、Jの手でシャワーで洗われ、ラウが用意してきた服を着せられた。シルビアが作るブランド物のスーツで、あつらえたようにメグに似合っていた。
「普通はこんな服まで用意しはしないんですけどね。 手渡されたのは、当面の着替えと数ヶ月生活が出来るだろう紙幣。金の方はJからで、Jは自分よりもメグの方が必要だろうからと言って苦笑した。
「俺、こんなだし…。 それが、Jがメグに掛けた最後の言葉だった。ラウの乗ってきた魔道自動車で運ばれていくメグを、キッシュのアパートからいつまでも見送っていた。きっと、二度と会えないんだろうと思うと、せめて見えているうちは目を離したくなかった。
「J。
完全に魔道自動車の影が見えなくなった事を確認して、キッシュはJを呼んだ。 「…どうしたい」
端的な質問に、Jは視線を泳がせた。
「俺、は…。 決定権はあくまでもキッシュにある。Jが持っているのは、望みを口にする権利だけ。それが叶うかどうかは、キッシュの考え一つで変わる。
「…本当ならば、もうお前を手放しているはずだった。
Jに関し、躊躇う素振りを見せるのはこれが初めてだった。Jへ掛けられる言葉は常に簡潔で、迷いがなかった。
「飼い主のエゴだと分かっている。
真摯なキッシュの言葉。 「…ホント、に…?」 期待と不安で心臓が痛いくらいに鳴っている。よくよく考えれば意味の分からない問いかけにキッシュははっきりと頷き、そのことに安堵したJは泣き笑いという器用な表情を浮かべた。それから、キッシュに向かって腕を伸ばすか否か逡巡し、窺うようにキッシュの顔を見た。 「お前は…」
もうキッシュに対しての抵抗を一切放棄したJは、その許し無しにキッシュに触れることすら禁忌としてしまった。過去を思い出した対価のように姿を現した従順さは、嘗て養父に虐げられていた時に身につけた処世術。今また愛玩動物としての立場を肯定し、飼い主の声を絶対にしている。 「抱いても良いか」
尋ねたキッシュに何故そんな確認をするのか分からないと眉を寄せ、それでも明確に頷いたJは、下肢を覆うシーツをするりと床に落としてしまう。 「…J…」
耳元の落ちてきた声は過去聞いた事がないほどに甘く優しく、この声を得るためならば自分はどんな苦難だって甘んじて受け入れるだろうと予感した。そう、Jにとって受け入れるセックスは、まだ苦痛に分類されたままだ。 「いい子だ…」
Tシャツが捲り上げられ、そのまま引き抜かれる。女性らしさを欠片も含有しない、けれど色ばかりは透けるように白くなった身体。しっかりと筋肉の張り詰めた肌を撫でてやれば、気持ち良さそうに目を細めて吐息した。 「…っ、ぅ、ぁ…っ」 けれど、理解したからといってすぐに実践できるものでもなく、ましてや過去には声を殺すことを強要されていた身としては、そう容易くは現在の飼い主の希望に添えそうにはなかった。
「…いい、ゆっくりで構わない。 甘やかで、尚且つ凶暴なキッシュの囁きに、Jの瞳は薄っすらと水膜を張った。J自身も予想していなかった、キッシュの声一つで、ここまで溶かされてしまうなど。
「はっ、あぁ…っ。
指の腹、舌先、唇。それらが、ずっと紅梅を弄り続け、Jを悶えさせている。
「気持ち良いんだろう?」
声を上げるべきだと思いつつも、女同様の台詞を口走るには抵抗がある。その葛藤が、常にJの言葉を途切れさせてしまう。出て行くつもりで音を失った声は、堪えるつもりだった時よりも一層Jの熱を煽っていった。 「…っ、お前の、熱も、くれ…っ」 真っ赤になりながら求めたJは、暫し考えるふうに動きを止めたキッシュに不安になった。
「…キッシュ?」 躊躇いながらも、木綿のシャツを落としていく。白や黒の薄い布がキッシュの足元に蟠って、それと入れ替わりにキッシュの肌を晒していった。 「……っ!?」 そうして現れたキッシュの肌には、大小様々な傷痕がついていた。大剣に切り裂かれた痕、槍に貫かれた痕、棍杖で打ち据えられた痕…。そのほか武器の形状すら窺えない複雑な傷、ギリギリ心臓を外れたらしい傷痕。その一つ一つを思うたび、Jの胸は押し潰されそうに苦しくなった。
「あぁ…、お前、本当にいつ死んでも…」
それは、キッシュからの最後の確認だった。
「俺の命はもう、お前と共にある。
今更、揺らぐような思いではないのだと。
「だから、捨てるのだけはやめてくれ。 そう縋って、すぐに呟いたのは、打消しの言葉。
「いや、いいんだ。
殺したくないと訴えていたキッシュの瞳。その瞳に捕まったからこそ、この奇妙な関係は始まったのだ。今になって、その手を汚させることなど出来るはずがない。 「…俺の生のある限り、逃れる場所はないと思え」 花のように艶やかに、儚く笑ったキッシュは、もう言うべき事はないとJの口を自らの唇で塞ぎ、行為に没頭していった。
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