BLUE-GATE |
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Jが目を覚ました時、其処には誰もいなかった。最初に目に入ったのは気を失う前に見ていたコンクリートの灰色で、カーテンの隙間から明るい光が漏れ入っていた。どうやら外には太陽が昇っているらしい。 ぎしぎしと傷む体に鞭打って身を起こす。掛けられていた毛布がずり落ち、自分が見慣れないTシャツを着ていた事を知る。肌触りの良い白いそれは、一見しただけで上等の代物だと分かる。 「…いつの間にこんなモン…」
わざわざキッシュが着せて行ったのだろうか。それ以外に、説明はつかないけれど。 「…っんだこりゃあ!」 足首に嵌っているのは見るからに頑丈な金属の鎖。斧でも持ってこなければ切断など望めそうもない。右足に付けられているそれは長く伸び、重たくとぐろを巻いてベッドの下に繋がっていた。覗き込むと、スチール製の、此方も丈夫そうなベッドの足に嵌められている。J以外の人間がベッドとJを離すには、唯一の有機物をぶった切るのが一番簡単だ。つまり、Jの足首を。
「一体何の真似だこりゃあ…」 閉じていたドアからキッシュが姿を現した。あのドアの向こうは、バスとトイレだ。ドアの正面にはカウンター式のキッチンがあり、バスの隣には何かの部屋がある。何が置かれているのかまでは、データに書かれていなかった。 「…っ」
思わず毛布を腰の辺りまで引き上げる。Jの脚には、鎖以外に何もついていなかったからだ。そうしてキッシュの眼から下半身を隠して、唇を噛んだ。 「下を穿くと面倒だからな、できるだけそれを外したくないんでね」
チラリと目をやられたのはJの脚が隠れているあたり。
「…俺が、怖いか」 伸ばされたキッシュの手に、ますますJ小さくなる。
「何のつもりだよ? まるで毛を逆立てている猫のようだとキッシュは苦笑する。この反応は一応予想していたとはいえ、30を越えている男が、こんな調子で良いのだろうか。
「…J、30歳、男。 何かを読み上げるかのように、キッシュはスラスラと喋っている。それはJに関する公的なデータで、おそらく昨夜、Jの名を聞いたときには分かっていたのだろう。
「現在一人暮らし、C地区のアパートの二階が住居で雨の日には通路が洪水になる…って、これは酷いな。 次にキッシュの口から出てきたのは公開されていない筈のデータで、そもそも住処を知られた殺し屋なんて生きてはいけない。何故そんな事を知っているのかと、キッシュを睨みつけた。
「そんな顔をするな、また食いたくなるだろ?」 やれやれ、と頭を振って、キッシュはキッチンに立った。
「珈琲に砂糖は? 睨むばかりで答えないJに肩を竦め、ならば俺の好きなようにするぞと砂糖と牛乳とを入れる。金属のマグカップを二つ、持ってJの傍に戻った。 「ほら」
温かな、湯気の立ったカップ。差し出されたものを思わず受け取ると、満足そうにキッシュが目を細めた。
「俺には俺の伝手があってな、そいつが俺を襲いそうな奴を教えてくれるんだよ。
だから安心しろ。
「ただ、お前は今日から此処で暮らす。
次の仕事。
「…本、当に…?」
キッシュの手が伸ばされ、思わずJはきつく目と閉じて顔を背けた。けれど別段キッシュは怒るでもなく、Jの髪をかき回して離れていった。
「あぁ、お前のナイフはあの棚の中だ。
つまり、反抗するのはJの自由だと言うこと。 「なァ…、何で俺なんか…」
可愛い女などいくらでもいる。よしんば、キッシュがゲイなのだとしても、自分など監禁して、何が楽しいのかわからない。キッシュのように綺麗な容貌ならば、きっとそばに置いていても楽しいだろうに。 「反応が面白かった、それだけだ」 食えないものはあるかと問われ、アンチョビとピクルス、チーズが嫌いだと言った。
「なんだ、じゃあピザは厳禁だな、美味いのに」
決定権はお前にあるだろうと吐き捨てれば、別に食わなきゃ死ぬってワケじゃなし、と答えて、Jの元にトレーを持ってきた。
「俺はさっき食ったから。
差し出されたのは白い錠剤。 「炎症を起こしたら面倒だからな、必ず飲んでおけよ」 途端に、Jは自身の下半身について思い出す。キッシュに好きなように弄ばれた窄まり。切れてはいないようだが、意識し始めると鈍痛と違和感を振り払えなくなった。
「今度から、猿轡が必要かな。
俺に乱交癖があることなど、疾うに隣人には筒抜けかも知れんがな。
「…っの、変態野郎!
キッシュの細められた青い眼が、鈍く光ったのをJは見たような気がした。 「せいぜい抵抗するんだな」 個室に入って行ったキッシュの姿に、Jは食事も取らずに毛布の下に潜り込んだのだった。
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