BLUE-GATE 2

「キッシュ、いるかい?」

 やや低めの、ハスキーな声と共にドアがノックされた。Jがキッシュに監禁されて三日、初めての事だ。
 キッシュは全くの警戒なくドアを開け、来訪者を迎え入れた。気心の知れた友人か何からしいと、Jは中りをつける。入ってきたのは上背のある伊達男で、派手な模様の入ったドレスシャツを身に纏っている。その目はキッシュと違う蒼で、雨上がりの澄んだ空の色。矢張り土地の者らしい。

「やぁ、君がペットを飼い始めたと聞いてね。
 珍しいじゃないか、生き物には興味がなかったんあじゃないのかい?」
「まぁ、偶にはな。
 自力で生きていける奴だから」

 肩を竦めたキッシュは、言外に自分がいなくなっても支障はないからなと伝えていた。男は黒い髪を掻き上げて、なにか言いかけたようだ。だが、結局何も言葉にしないまま、Jの方へと目を向けた。
 驚いたように男の目が見開かれ、薄い唇が、ヒュウと軽薄な音を奏でた。

「これはこれは、Mr.Jじゃないか。
 ハハっ、ついに君もキッシュに手をかける気になったって事かい?
 尤も、その様子じゃ返り討ちにあったようだけどね」
「……っ」

 Jの記憶にはないその男はJを知っているらしく、そんな揶揄を投げかけてくる。
 唇を噛んで睨みつけたJに、怖い怖いと笑ってキッシュへと向き直った。

「なんだい、こんなオジサン捕まえたって面白くないだろう?
 俺がイイ子、見繕ってこようか?」
「いや、気持ちだけで充分だ。
 暫くはこいつの調教に勤しんでみるさ」
「…あぁ、やり甲斐はあるだろうケドね。
 ……ふぅん、Jをねぇ…?
 もう、喰っちまったのかい?」

 男はソファに腰掛けて、キッシュから珈琲を受け取った。すらりとした指は、男が労働階級ではないことを表している。おそらく文人、役所勤めなのかも知れない。
 隣に座ったキッシュは、意識の一部だけをJに向けたまま男と談笑を始めた。随分と久しぶりの再会らしく、話題が尽きる事がない。最近の世界情勢から、共通の知人の近況。時々、Jも聞いた事がある有名な傭兵や殺し屋の名前も出てきた。どうやら、見かけどおりの優男ではないらしい。
 ゆったりとソファに身を預けて、寛いでいる。Jが何者か、知っているというのに。鎖を付けられた殺し屋など、恐れるに足りないというわけか。それとも、キッシュに対する信頼が絶対なのだろうか。

「…J、こいつが気になってしょうがないらしいな?」
「…っ、違…っ」
「どうする? 自己紹介でもしてやるか?」

 キッシュの視線に男は悪戯っぽく笑って、Jを眺めた。
 やおらキッシュに枝垂れかかって、Jに流し目を寄越す。

「…ねぇ」
「珍しいな、人目があるのは嫌なんじゃなかったのか?」
「ふふっ、Jは君の持ち物だろう? 気にしないよ」

 誰が持ち物なものかとJは憤慨したが、そう思っているのは自分だけだろうと分かっている。勝者が決めたルールだ、どんなに喚いたって覆らない。
 そもそも今現在Jが纏っているものは黒いTシャツとシーツのみだ。下半身に何も纏っていないのはシーツの形から分かってしまうだろう。そんな状態で、人目を引きたいとは思えなかった。
 Jは唐突に始まった男二人のキスシーンに嫌悪を覚え目を逸らした。どちらかが女性的だというならまだしも、どうしたって男にしか見えない二人だ。見目が良いのがせめてもの救いかも知れないが、Jにとって気味のいいものではない。

「…Jはもしかして、全くのノーマルなのかい?」
「そうらしいな、素質はあると思うんだが」
「あって堪るかァ!!」

 耐えられなくなったJは二人の会話に口を挟んだ。ホモが何をしていようとそいつらの勝手だとは思うが、自分までその中に入れてくれるな。
 Jの怒りを他所に、二人は至ってマイペースに会話とコトを進めていく。

「ぁ…、キッシュ…」
「あぁ、お前は相変わらずだな」
「ヤだな、君にだけだよ…ンっ」
「いつもはタチだったか?」
「…っ、そーだよ。知ってて、訊かないでくれよ…」

 男の服が肌蹴ていく。滑らかな肌は貧弱に見えない程度の筋肉を艶やかに覆っていて、その白は時間の経過と共に紅斑で飾られていった。
 艶かしいというには余りにグロテスクな情事、それでもJの目は二人に吸い寄せられていて、早く逸らさなければという焦りばかりが大きくなっていく。

「どうした、気になるか」
「んなわけ、あるかよ…っ」

 男のズボンに手を掛けたキッシュは、Jに見ていろと命じた。
 そんな命令に従えるかとキッシュを睨みつけるも、きつい調子で再び名を呼ばれ、渋々と男の方を見る。
 この三日のうちに、その程度には教え込まれていた。抗えば、体内にディルドを埋め込まれ、両手を拘束された。まだ後ろだけでは達するに至らないJは、永遠とも思える快楽の責め苦を味わう嵌めになる。そのほうが純粋な痛みなどより、余程辛いのだと思い知らされた。
 あんな思いは、もう御免だ。
 露わになった男の下半身。あまり筋肉のついていないその脚はすらりとしていたがそれでも男性的で、さらには髪と同色の脛毛が絡んでいる。はっきり言って気持ちが悪かった。しげしげと見たいものではない。
 それと比較すれば、キッシュの脚は随分と綺麗なのかもしれない。憧れるに相応しいほど鍛えられており、薄く生える体毛も銀色で目立たない。尤も、だからと言って歓迎したいものでもないのだけれど。

「あ、…ァ…っ」
「…お前、こっちの用事がメインだったな?
 もう勃ち上がってるぞ」
「違う、よぉ…っ。
 キッシュに、触られ、るのが、好きだっ…てだけ、さ…っ」
「どうだか」

 どちらも遊び慣れているらしく、くすくすと笑い声を挟みながらすすんでいく行程。Jの位置からははっきりとは見えないが、キッシュの手指は既に男の体内にあるらしい。
 白い男の体が、時折ビクリと震えていた。

「も、来て…っ。
 君の太いので、イかせて…っ」
「…っ、ちょっと見ない間に、上手になったもんだな?」
「…ぅっ…、だって、好きだろ…? こういうの…っ、…ぁっ」
「嫌いとは、言わないがな」

 そう言って、キッシュは男の体を折り畳んだ。両脚を肩に担ぐようしにして、男の尻に腰を押し付ける。
 見たくもないのにその体勢のせいで結合部は丸見えで、キッシュの雄がゆっくりと男に飲み込まれていく様をまざまざと見せつけられた。

「うっ、ぐぅ…っ、あ、あァ!」
「どうした、力を抜け?
 …っ、まさか、見られて緊張しているというのでもあるまい」
「やっ、…違…っ、ケドっ。
 ひ、久しぶりなんだよ!? 加減、してよ…!」
「…加減、ね…」

 フッとキッシュの片眉が跳ね上がって、口の端に僅かな笑みの気配を見た。
 …あの顔は。

「あっ、あァっ、も…っ、イカセ…っ。
 ねが…っ、キッシュ…!」
「優しく、してやってるだろう?
 イきっぱなしじゃないか」
「…っくァ! も、ね…っ、ゴ、ゴメン…っやぁあ!」

 ちょっと機嫌を損ねたりだとか、悪戯を思いついたときの顔で、あの顔の後にはJも散々に泣かされていた。けれど、男に施されているのはJにしていたよりも随分非道なもので、三十分近く焦らされ、射精を妨げられたままの絶頂に導かれ、最早自分がどんな状態か分からなくなっている様子の男はただ只管にキッシュの許しを請うて泣いていた。
 勿論キッシュの男への愛撫には根底に愛情が見え隠れしていて、だとしたらこいつは相当のサドだと嬉しくもない確信をJにもたらした。
 今はキッシュの欲望は男に向いているけれど、この三日の状態を見ればキッシュが此方の体調に遠慮してくれることなど望めそうにない。もし僅かでもキッシュが愛情を発露してしまえば、彼の捻くれた愛情表現がJを苦しめるだろう事は想像に硬くなかった。
 けれど、そうは思えども今のJが生きる道はキッシュに気にいられる他に選択すべき方向はなく、必然、Jの望まない未来が約束されているのだった。

「…ほら、イケ…っ」
「んンッ、…く、あァ…っ」

 漸く解放を許された男はズルズルと脱力し、ソファから滑り落ちた。肩は大きく上下し、もう口を利く気力も無いといった風情だ。
 一方キッシュはといえばやや肌は上気しているものの全く普段と変わりはなく、くしゃくしゃと男の髪をかき回してJへと視線を向けた。
 下半身こそ何も纏っていないものの、まだシャツは着たままだ。ベッドに腰掛けたキッシュは、その長い脚をゆったりと組んだ。

「どうだった?」
「どうもこうもねぇよ! 気色悪いモン見せやがってっ」

 思わず吐き捨てるように言ってしまい、ハッとキッシュの様子を窺った。
 機嫌が悪くなった様子はない。何かを企んでいるようにも見えないが…、生憎Jにはまだそんな機微を見分けられるほど、キッシュに関する知識はついていない。
 キッシュの出方を不安な面持ちで待っている。

「やぁ、気色悪いものって言われちゃったよ。
 君のペットは口が上品だねぇ」
「スマンな、まだ躾け始めたばかりだ」
「いいんだけどね。
 でも、君に絶対服従なんだね。今度やり方を教えて欲しいなァ」
「必要なのは、力の差だろう」

 勝手な二人の会話。服を着ていない男は、風呂場を借りるよと言って扉の向こうに消えた。Aランク以上の住まいにのみついている、温水の出るシャワー。Jのいた家には辛うじて風呂場はあったが、お湯は業者から買っていた。稼ぎの少なさは、生活の不便さに直結している。
 年下のガキが自分よりいい生活をしていると思うと腹が立ったが、それに見合うだけの仕事をしていることは業界の噂として耳に入っていた。

「気色悪いと言いつつ、お前だって反応しているんだろう?」
「止せ…!」

 シーツの下に入ってきた手は、すぐにJの素足に行きついた。内腿を撫で上げられる。
 咄嗟に手で押さえたJだったが、そこから先の身動きが取れない。哀願するようにキッシュを見つめるだけだ。

「…わかったよ。続きはあいつが帰ってからだ」

 それだって決して嬉しいものではないけれど、さっきの男のように第三者がいる中で犯されるよりは大分マシだ。
 そう嘆いたJは、出来るだけ男が居座ってくれる事を願った。


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