King of Life |
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彼はその180を超える長身で他を圧倒していた。身長に見合うだけの体重もあって、そのあからさまなエンブレムの入ったブレザーがなければ高校生には見えなかった。その上、校則を土足で踏み倒していく長髪だ。長い黒髪は左右につけた計5つのピアスを見せたり隠したりしている。彼に生活指導をしようという度胸のある教師はいない。 彼の名前は荻原青海と言って、ここら一帯では名の知れた人物だった。 喧嘩の強さ然り、素行の悪さ然り、見た目の派手さ然り。 でも一番彼が有名なのは、その独特の喋り方だった。
「ちょぉっと伊勢ちゃん、なにやってんのよ置いてくわよぅ?」 彼は伊勢の頭を引っ掻き回して、それからしょうがないなァと言わんばかりに色とりどりの甘い生洋菓子が並ぶショーケースへと目をやった。 「アタシ甘い物、嫌いなのよねェ」 ポケットへと手を突っ込んだ。ジャラリ、とごついウォレットチェーンが鳴って、黒い革の財布が出てきた。薄っぺたくみえるそれには、数枚のクレジットカードが入っている事を伊勢は知っている。彼は大抵、カードで買い物を済ますから。
「えぇと、なんだっけ? 季節のイチゴのミルフィーユ?」
オネェサン、それ、3つちょーだいな。
そのうえ、始末に悪いことに周囲の者は伊勢が荻原についてきてとお願いしているものだと思っているらしい。 それも偏に伊勢の顔立ちに原因があるのだった。女の子と間違えられてナンパをされたことは数知れず、制服を着ているにも拘らず痴漢にあうことも稀ではなかったし、校内でラブレターを渡される事なんか、日常茶飯事だ。 伊勢の悪友の一人、神田雅義が笑顔で言うには、「色白の肌とくりっくりの大きな目、ふっくらめの唇って、美少女そのままじゃん?」ということである。 加えて、うっかり早生まれな伊勢は体格にも恵まれず、現在170足らず、50キロ台半ばというかなり切ない体型だ。だから、工業高校という男子率の高いここではガードマン宜しく荻原を連れて歩いている、ということになっているらしかった。 冗談じゃない、と伊勢は言いたかった。 伊勢はそんな容姿にも拘らず、相当に喧嘩っ早かった。その上、強かった。いや、えげつないと言った方が正しい。 伊勢は平然と男の急所を狙ったり、或いは「キャー助けてー」と叫んで怯んだ相手をぶちのめしたり、日々携帯する武器を使用したりと、いっそ喧嘩上等の男たちが避けている手段を常套としていた。曰く、どうしたってハンデがあるのだから、仕方がない、となるらしい。 それを聞くたび、荻原と神田は、「だから守ってあげるってば」と口を揃えた。 いらんお世話だという伊勢の言葉は、彼らの耳を綺麗にスルーするらしい。
「はい、伊勢ちゃんミルフィーユ。
白い小さな箱に頬擦りせんばかりの伊勢に、荻原は苦笑する。だから女の子のようだと言われるのだ。尤もそうという自覚があるのか、こんな表情は荻原と神田の前でしかしない。
「ゴメンねェ、アタシまーたうっかり絡まれちゃってさぁ。
荻原みたいにな。 「アンタ達、女子高生も顔負けねェ…」
ついでに買ってきたこちらもまた甘いミルクティーのパックジュースを差し出して、荻原自身はブラックの缶コーヒーを傾ける。 「オーミは食べねーの?」 3つあるけど?と首を傾げた二人に、僅かに肩を竦めて見せた。
「アタシはいらないわよぅ。 神田にもいったかしらと尋ねれば、1個で充分だと神田は笑った。
「俺はちゃんと飯食ったから。
でもほらケーキってデザートでしょ。
「あー美味かった。
携帯灰皿に煙草を押し込んで、荻原は身を起こした。
「作らないの。
俺より上手いのに、面倒臭がりだから。 「さーて、お客様だ」
楽しげに見つめたのは開け放された屋上の扉、微かに聞こえている階段を昇る音。 「伊勢藤一郎、いるんだろ?」
姿を現すと同時に掛けられた声。誰もいなかったらさぞかし恥ずかしい場面よねェとのんびりと荻原は思った。 「…いい加減さぁ、しつこいと思わねぇ…?」 溜め息と一緒に伊勢から零れたのは、そんな言葉。怒気と言うよりも、殆ど殺気に近いものが込められているその声に、荻原と神田はぎょっと伊勢を振り返った。
「い、伊勢ちゃん、キレちゃだめよぅ。
荻原と神田は、富樫とは中学以来の付き合いである。しょっちゅう街角でいがみ合っていた、腐れ縁のような関係だ。互いに気心も知れつつあり、そろそろ喧嘩するのも馬鹿らしくなってきたかななどと思っていた矢先である。
「…うるせーよ、二人共。
死ね!
「俺は、ヤローに、ケツ、差し出す、気なんか、これっぽっちも、ねーんだ、よ!
一言ごとに聞こえる鈍い音。そろそろ止めなければ、本当に富樫が死にかねないと、荻原と神田は伊勢を羽交い絞めにした。キレた伊勢は、大柄な男子二人がかりでも止めるに危うい。
「諦めろって、富樫。
ぐったりと横たわっていた富樫は、弾かれたように神田を、ついで荻原を見た。
「やぁね、バラしちゃったのぉ?
怒りでまだ暴れようとしていた伊勢は、呆然としている富樫を一瞥して、肩を竦めて動きを止めた。
「…っんだよ、ケツは貨さねーって、専属って意味かよ…!?
荻原にはなった言葉に、伊勢が再びキレた。
「俺は誰にもケツなんか貸してねーしテメーみてーにこいつの外見に惚れたワケじゃねーんだよ! 伊勢の剣幕に口を噤んだ富樫は、彼の言葉を反芻して目を見開いた。
「…んだぁ、そりゃあ…。
長い髪を掻き上げて、荻原は目を眇める。その表情は、男そのものだ。
「こいつが俺専属なんだよ。 困ったように煙草を加えた荻原に、冗談だと伊勢は笑う。俺がお前以外、抱くわけないだろ?と。少々下品だが、バカップルの図がそこにある。
「と、まァそういうわけだから。 そういう神田も、泣く泣く伊勢を譲った口である。荻原には敵わないと、早々に伊勢を揶揄うだけにとどめたのもまた、神田らしい判断であったが。 「…っ、そんなもん、いるかよ!」
我に返った富樫は、慌てた様子で起き上がった。
「クソ…っ、最低だ。 怒鳴られて。 『俺、オーミで間にあってるから。他所、当たって?』
富樫がかき回した先の記憶に、確かにそんな言葉があった。 「分かるか馬鹿ヤロー!!」 涙と共に叫ぶ富樫に、神田と荻原は、同情の眼差しを送った。
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