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 俺はクラスの男に惚れ込んでいた。高校入ってから今までの三年間、ずっと同じクラスの奴。背は180近くあり、バスケをしている為にしっかりと筋肉がついている。日に焼けた浅黒い肌に似合いの、きつい眼とさわやかな笑顔を持つ、イイ男だった。
 俺はと言えば水泳部所属で、矢張り筋肉はついている。高校二年のケツに一気に伸びた背は同じく180ちょいあって、それなりに女にもモテル。今はフリーになってるが、二週間前まで髪の長い美少女と付き合っていた。勝気な性格だった彼女は、『アンタはあたしを、一番に愛してくれない』そう言って俺を捨てた。
 そう言われたってしょうがない、確かにずっと、俺の心を占めているのはアイツだけなんだから。

「裕輔、一緒に帰ろうぜ」
「んー」

 声を掛けてきたのは矢嶋慎吾で、目下俺の片想いの相手。試験週間中の今は、当たり前のように一緒に帰ってる。
 慎吾にも彼女はいるのだが、一級下のその子とは約束するのがウゼェと言って別々に帰っているらしい。確かにバスケ部のマネージャーの彼女とは、普段は一緒にいられるのだろうが。

「あ、昨日新譜買ったんだ。
 裕輔、聴くだろ?」
「あ、貸してくれんの?
 嬉しいかも」

 にっと笑えば、俺もまだ聴いてねぇんだ、お前と聴こうと思って、とくる。
 耳に入ったらしい女子生徒に、『あんたら、モーホーかい』と突っ込まれた。
 …普通は買ったら聴くよなァ。

「うっせェな、どう聴こうが俺の勝手だろうが」
「はいはい、悪かったって。
 怒んじゃないわよ」

 威嚇、ではなく拗ねられた女子生徒は呆れて、鞄のポケットから飴玉を取り出した。

「機嫌、直しなさいよ」
「おう、またなァ」

 そういえば、今日は金曜だったと思い出す。
 土日を挟んで試験をやるのはやめて欲しい、休日を楽しめないから。
 溜め息をつくと、ククク、と隣を歩く慎吾が笑った。

「お前ントコ本格練習できんの、今のシーズンだけだモンな。
 試験が長引くのは、勘弁、ってか?」
「まァな。
 つーか、スポーツ特待生くらい、部活させろっつーの」

 俺も慎吾もそっち系に推薦が決まっている。同じ体育大学に進学する。
 惚れてる身の俺としては、かなり嬉しいし、俺を親友だと言ってくれる慎吾も喜んでいるらしかった。

「お前、ウチ来いよ。着替えくらい貸してやるし」
「…そんなCD聴きてーんなら、昨日聴いときゃよかったのによぉ」

 苦笑して分かったと頷く。
 いつからか、こいつはかなり俺を気に入っている。何をするにもまず俺と一緒で、クラス役員でさえ、勝手に一緒にされたほどだ。一体、俺の何処がそんなにお気に召したのか。一遍くらい聞いておきたいよーな。

「別に服くらいこのまんまでいいって。
 泊るワケじゃあるまいし…」
「え、泊れっつってんの、通じなかった?
 俺んち今、家族旅行行っててさ、誰もいねーの」

 だから、裕輔、メシ作って。
 …いま、慎吾からハートマークのお願いを見た気がする。
 似合わないからやめろって、てめェの体格を自覚しろ。
 そうは思えど、惚れた弱みって奴だ。俺は家へと、外泊の電話をかけた。

□■□

 俺たちが好きなミュージシャンが出した新しい曲はちょっと切ない恋の歌で、何が嬉しくて慎吾は男二人で聴いてるんだろうかと俺には思えた。
 俺にとってはそれなりに悪くないんだ、なんせ惚れた相手と聴いてるんだからな。
 横目で慎吾を窺えば、視線を歌詞カードに落として静かに言葉を追っている。

『君を愛した ただ それだけでいい』

 一体どんなシチュエーションで生きてくればそう思えるのか。
 愛せば愛して欲しくなる、例えそれが叶わない願いだと分かっていたって、思いを止めることは難しい。…と、俺は最近痛切に感じる。
 慎吾が少しでも自分に応えてくれるなら、今夜一晩でも、女の代わりでも寝たいと思う。だって、愛なんて貰えるわけがないから。
 でもそれは、愛せたからそれだけでいい、何て綺麗なことじゃなくて、愛してもらえないならせめて身体だけでも、という汚れた大人の考えだ。虚しくなるのを承知の上で、この悶々とした思いを何とかしたい、そんな空虚な願い。
 言えば今までの関係は総チャラになるだろうし、ついでに軽蔑というオプションまで付いてくる。有難すぎて、とても頂くわけにはいかなかった。

「慎吾、俺、飯作りに行くけど。
 食いたいモンとか、あんの?」

 全然大したモン作れねーケド。けど、家庭科の成績が欠点ギリだった慎吾よりはマシで、ついでに俺は兄弟と当番制に週一で飯を作ってる。隠れた得意技を知ってるのは、学校では慎吾くらいだけど。

「オムライス食いてー。
 チキンライスの、トマトソースの」

 実はトマトの缶詰も買ってある、と慎吾は笑った。いつかウチで作ってやった簡単な料理で、どうやら慎吾の好みに合ったらしい。随分計画的に俺に料理させる気だったんだなと呆れると、だって慎吾以外に俺に飯、作ってくれる人いねーモンと口を尖らされた。
 ガキじゃあるまいし、そうは思いながらも、彼女よりも料理の腕はいいらしいと、悪い気はしない。
 りょーかいと答えて、俺は人様ンちの台所へと立った。

□■□

「…慎吾〜、俺もう寝るぞー」

 一人プレステ2のめまぐるしい画面に見入っている慎吾に声をかける。俺も途中までは参加していたけれど、もう午前三時だ。俺は飽きた。

「えー、俺一人で起きてんのかよ、つきあえよー」
「嫌なこった、美容に悪い」

 ツンとそっぽを向いてやると、ブハハハハと慎吾が吹き出した。

「お手入れしてんのね、だから裕子サンそんなに美人なのねっ」
「そうよぉ、毎日のケアが大切なんだからぁ。
 …と言うわけで、俺は寝る」

 そんな訳はない。男が肌の手入れして何が楽しい。180前後の野郎二人でオネェゴッコという虚しい遊びは早々に切り上げて、遠慮もなく慎吾のベッドへと潜り込んだ。他に寝具もない、まぁセミダブルのベッドのようだ、多少狭っ苦しいが寝れるだろう、慎吾のいない今なら。
 同じ布団に這入ってこられたら、まず興奮で寝られるわけがないから。今だって、実はヤバイ。慎吾の布団だ、思いっきり慎吾の匂いがする。せいぜい半勃ちくらいで治まってくれないかな〜と情けない希望を抱くより、することもなくなるだろう。

「ちょっと置いてかないでよー。
 イヤ、でもマジに裕輔って美人だと思うけど?」
「止せ止せ、俺を煽てたって朝食が豪華になるくらいだ」
「そりゃ煽て甲斐がある。
 …じゃなくって。お前と話してると、すぐ話が逸れる。
 マジで前から思ってたの」

 ゲームをやめて俺の方を見る。
 ベッドに腕と顎を乗せた慎吾は、ほんの数十センチ先でニィッと笑った。

「…あのなぁ、男が男に美人とか言われて、喜べるかっつーの」

 イヤ、嘘。
 俺はスゲー嬉しいけど。慎吾からの褒め言葉なら何でも嬉しいけど。
 友人として、常識は教えてやらねばならん。
 布団から腕を出して、慎吾の額にデコピンをかます。
 うっと呻いた慎吾は額をさすりさすり恨みがましそうに俺を見た。相変わらず俺の顔に視線は注がれている。

「……おい…?」

 だんだんその目が鋭くなってくるのを、妙な高揚感の中で見てた。
 俺は誓って、慎吾が言うような『美人』なんかじゃない。
 何処にでもいる、というには少々目つきの悪い、色黒の男だ。ついでに、慎吾には負けるがガタイもいい。それは冒頭で言ったと思う。それなりに女子高生には受けるが、男子校生に受けるとは、到底思えない、のだが。

「………お前、実は趣味悪いだろう」
「それってミキに失礼じゃん」
「そーだな、言い直す。
 お前、男の趣味が悪いんだな?」

 自分で言うのは切ない。でも、事実だ。

「ちげーよ、男なんてどーでもいいっつの。
 俺は、裕輔の顔が好きなんだって。
 マジ、ストレートど真ん中」

 …それはやっぱり女の趣味も悪いって事じゃあないだろうか。確かにミキちゃん、あぁ、今の慎吾の彼女だが、も、かなり勝気な顔立ちはしているようだったが。

「…………で。
 お前は俺にそんな告白をして、何がしたいんだ?」

 だんだん沈黙が長くなるのは許して欲しい、緊張と期待が綯い交ぜになって俺を攻めて来るんだ、テンパって馬鹿な事を言わないようにするので精一杯だ。

「ヤらせてって言ったら、裕輔俺と友達やめる?」

 …お前の太い神経に乾杯だよ、慎吾。普通の男なら、その言葉を聞いただけで友達をやめられる。それとも何か、俺の思いを嗅ぎつけて、揶揄ってんのか。

「実は俺、裕輔に一目惚れなんだよねー。俺の理想の顔具現化っつーかさ、何で男なんだって、一時は本気で思ったりして。
 けどま、裕輔背も伸びてどんどんごつくなってくじゃん?こりゃー俺の熱もほっときゃ冷めるわって思ってなんだけど、…これが一向に。
 俺ってほら、あんま考えねーから?
 つい、オムライス〜とか思って裕輔呼んだんだけどさ、一緒のベッドに寝て襲ったらマズイから。せめて先に言っとこっかなー、って」

 いやでも、いやならもう絶対言わねェし、絶交とかだけは勘弁なんだけど。
 飄々と、でもなかった。多分かなり緊張して喋ってんだろう、物凄く饒舌になっている。

「…ぷっ、…くっくっく…。
 慎吾って、可愛いよなァ」

 よっこいせ、と一度横にした体を腹筋で起こして、慎吾をベッドに引き上げた。

「俺もお前のコト好きだから、絶交ってのはあり得ねーよ」

 お前の告白も、俺的にはあり得ねーけどな。

「ゆ、裕輔?」
「けど、俺に惚れてるってんなら、ミキちゃんケリつけてからな。
 二股する奴とか、大っ嫌いだし」

 だから今日はなんもしないで、寝ろ。
 ペイッとベッドに慎吾を放りやって、電気を消してしまう。

「…うわ。
 俺、裕輔と両想い? 嬉しくて死にそうだ」
「そんなんで死ぬな」

 呆れて髪の毛を引っ掻き回してやった。
 真っ暗な中、慎吾にしがみ付かれて参った。
 二人分の即物を、今夜一晩無視できるだろうか。
 どこか非常識な慎吾のせいで、今までとは違った懊悩を抱えなくてはならなくなったと、何処にともなく胸中でぼやいた。
 


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