POP LOVERS 4 |
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あれだけはっきり言ってやったにもかかわらず、相変わらず遠山は俺に懐いていた。 泳いでいる時に強く感じる視線は間違いなく遠山のものだったし、以前にも増して俺の指導を請うようになった。俺が迷惑だと感じない、ギリギリの範囲まで俺に纏わりついて、嬉しそうに笑っている。そんな遠山の姿に、俺は随分気を許してしまっていた。
「京本センパイ、明日雨だったら、映画行きません?
何の臆面もなくデートの誘いをかける後輩に苦笑して、学校が終わってからなと答えた。明日は月曜日で、市営の屋内プールは休館している。
「何言ってんスか、センパイが泳いでるって聞いて、皆学校来てんじゃないっスか」 別に部長ってわけじゃない、趣味の為だけに顧問の手を煩わせている俺のせいで、この出席率90%以上の状況が出来るというのか。そんな馬鹿な。皆次の大会を目指して寸暇を惜しんで練習しているに違いない。自分の価値観のみで、部員全員をホモ予備軍にしてはいけないのだ、遠山よ。
「男も女も皆俺のライバルっスよ。 プールと外を隔てるフェンスに凭れて、遠山はグランドの果てにあるバスケットコートを指した。暗褐色のコンクリートに固められたそこで、豆粒ほどの大きさの生徒達が右に左に走り回っている。その中で、一際目を引く動きをしているのが俺の親友で、恋人候補だった矢沢慎吾だ。現在も継続して候補だと挙げたいところだが、なかなかに厳しそうだ。 「…でも、今のままなら勝手に脱落してくれそうっスけどね」
そう、遠山の言うとおりだった。
「…センパーイ、目が切ない恋する乙女みたいになってるっスー」
取り敢えず明日、忘れないで下さいね。
目に映る限りの空は重い雨雲に埋め尽くされ、銀の糸を絶えずばらまいている。 安いビニル傘を叩く雨粒が、地面にわだかまって歩行者の通行を邪魔していた。昨日眺めていた青空は、暗雲の向こうで虚しく広がっていることだろう。
「…お前、さては昨日雨乞いの踊りでもやらかしたな?」
…あんまり遭遇したくない場面だという俺の内心は、正直な顔が語ったらしい。
「まぁ、俺は事実がどっちだって構わないんだけどな。 恋愛は兎も角ホラーを俺と観ると、同行者は非常に可哀想なことになる。そっち系が全くダメな俺は、全力で相手の腕を握り締めてしまうからだ。女の子がやれば可愛いだろうそれも、大柄な俺がやるとただ痛いばかりの拷問に等しくなる。慎吾あたりは疾うにその事を理解していて、絶対にホラー・スプラッタの類に俺を誘わない。
「じゃあ、○×映画館っスね。
制服だから、ファミレスぐらいにしか入れないけどな。
「迷惑?」
だからまぁ、見てる相手がどう思うかを考えろってことっしょと括った遠山に、だったらこの校則って実はかなり面倒臭くないかと唸ってしまう。遠山が、小さく笑った。
「楽しーっスよ。だって、される質問が予想外な事が多いっスから。
ポケットに手を突っ込んで歩く。一緒にいるのがカノジョだったら、手のひとつでも繋いでいるところだろうが…、相手が遠山じゃあ実行する気にはなれない。
『裕君、あんまり男友達に、好きって言わない方がいいと思う。 友達同士の“好き”と恋愛感情の“好き”が別物だということくらい、俺も知っていた。だが、“好き”という言葉は一般的に異性に対して使うものだという事を、ここで刷り込まれたのだ。彼のおかげで、今日まで俺はゲイとして迫害を受けずにすんでいる。まぁ、女をとっかえひっかえする嫌な男だという、少々不本意なやっかみは頂いているが。
「あ、センパイ、ここっスよ。 行き過ぎかけた俺を呼び止めた遠山は、昨日の約束どおりさっさとチケット代を払ってしまった。更に、コーラ二つとキャラメル味のポップコーンを買ってくる。多分、彼女相手にも嫌味なくこういうことが出来る男なのだろう。控えめな強引さが、思いのほか心地いい。 「お待たせしました。行きましょ」 さっさと席まで決めてしまう。どうやら俺は、エスコートされる側の方が性にあっているらしかった。
目の前では遠山がチーズのふんだんにかかったミートスパゲティと、カリカリのクルトンの入ったシーザーサラダ、冷静ポテトスープを見ていて気持ちの良くなる勢いで食べている。 会話に上るのはやはりさっきまで観ていた映画の話だ。CG効果が上手く画面に融合していたあれは、予想していた以上に面白かった。難点を挙げるならば助演女優の演技の拙さだ。洋画だったにもかかわらず日本人が気付くほどの大根役者を起用した監督の勇気を称えたい。 「センパイって、映画観てても女優よりは男優に惹かれるんスか?」 遠山の質問は唐突だった。だが、同性である俺が好きな彼にとっては、その辺りは重要な関心ごとなのかも知れない。
「まぁ、基本的にはな。 今日に限って言えば、別に誰に惹かれることもなかった。俺は西洋人よりは東洋人の方が好きだ。
「おまえは女優の方が良いんだろう?」
ニコリと笑った雄の色香。コイツ、こんなところで欲情してやがる。
「スンマセン、モノ欲しそうなツラになってましたか」 お前童貞かと訊けば、首を横に振った。
「最初ンときは、合コン行ったときに年上のオンナに喰われて。
必死で押し殺していた笑いがバレた。けど、笑いたくもなる。俺のほうがよっぽどちゃんとしたハジメテだ。
「センパイって、どーなんスか。 俺は口の中のハンバーグを噛み砕き、嚥下し、ジンジャーエールで口のベタつきを流してから遠山に答える。
「ねぇよ。 そのまま彼女になったのもいれば、その日限りのもいた。彼女達のとセックスや性格の相性は、歪みに耐え切れずどんどんマイナス値に変化していくのだけれど。
「なァ遠山。
ハンバーグの最後のひとかけを、白いご飯と一緒に口に放り込む。
「俺は、実際ンとこどっちでもいいんス。
言葉を探しながらの返事は、俺が思っていた以上に遠山が本気だということを伝えてきた。多分こいつは、俺をネタに抜いている。
「俺は、お前を抱くことも抱かれることも出来ると思う。
目を伏せて頬を赤らめた遠山に、何となく予想できる言葉はあった。 「…遠山、外、いこ」
伝票を持ってレジへ向かう。
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